「大いなる意志」とは
2006年4月19日 大いなる意思カテゴリーに「大いなる意志」とありますが、何のことかわからないですよね。
自分の考えをまとめる意味でも書いておこうと思います。
私的には次のようなことを総称して「大いなる意思」と呼んでいます。
一般的には、「宇宙意思」とか「大地の意思」などと呼ばれるものかもしれません。
生命は生命活動をするために日々苦労している
この苦労は自分で選択しているわけだが、大きくは集団潜在意識に従い突き動かされている。
とりあえずこの意思を「大いなる意志」と呼ぶことにする
例えば戦争、
これは、自己の能力を上回って増殖をしてしまった人口数を抑えるために人類が必要と選択し行った行為である。
この選択を取らなければ、結果的に絶滅してしまうことを防ぐために取られていた。
しかし、戦争による被害自体が種の絶滅を招いてしまう危険性が大きくなったため、現在の人口数を維持すべく進化を遂げ、大きな戦争を行う必要は今のところない(と思われる。)
例えば数々の発見や発明、
人類の偉大な発明、「言葉」や「お金」、これは、社会を形成する上での基礎であり、大いなる意思を最大限に活用するプラットフォームとなっている。
市場原理は、まさに大いなる意思を具現化したものであり、平和的な方法で物の優劣をつけることができる
鉄、化石燃料、情報、インターネット、これらの発明・発見も、個を繋ぐ量と速度が向上し、より多くの人口数で大いなる意思を形成すること可能としている。
今後は言語の統一や完全機械翻訳がされるかもしれない。
ひとつ間違うと危険思想とも思えますが、大いなる意思の存在を感じると、子育ての方向性がすこしながら見えるような気がします。
というのも、子供は私のまったく予想することができない2,30年後を生きるわけで、時代を超えて通じる生きる為の力とは何だろう?と思い悩んでいる時期がありました。
就職先一つ見ても、私の親の世代と私ではまったく違っていました。もちろん、私の子供の時代には更に変わっていることと思います。
そこで、人間そのものの成り立ちに立ち戻って考えてみました。
人間の存在意義は、種の繁栄であり、無意識に進化を求めているのではという仮説に辿り着きました。
生物の進化の過程を考えてみても、種の繁栄をするために、様々な機能を生み出しています。
これらの源泉は、変わりたいという個の意思であり、結局は大いなる意思に基づく進化サイクルを生み出すのではと思うようになりました。
結局、『情熱を持って何かに取り組むこと』は時代を超えて通じる生きる力なのではという結論に至りました。
ということで、「大いなる意思」というカテゴリーでは、上記のことを念頭に置きつつ子育てについて考えていくカテゴリーとなっています。
えっ、難しく考えすぎじゃないのかっですか?
そうかもしれません。が、何か一貫した考えがないと自信を持って子供と接することができないと思い、色々と思いをめぐらせたら、こんな感じになってしまいました。
自分の考えをまとめる意味でも書いておこうと思います。
私的には次のようなことを総称して「大いなる意思」と呼んでいます。
一般的には、「宇宙意思」とか「大地の意思」などと呼ばれるものかもしれません。
生命は生命活動をするために日々苦労している
この苦労は自分で選択しているわけだが、大きくは集団潜在意識に従い突き動かされている。
とりあえずこの意思を「大いなる意志」と呼ぶことにする
例えば戦争、
これは、自己の能力を上回って増殖をしてしまった人口数を抑えるために人類が必要と選択し行った行為である。
この選択を取らなければ、結果的に絶滅してしまうことを防ぐために取られていた。
しかし、戦争による被害自体が種の絶滅を招いてしまう危険性が大きくなったため、現在の人口数を維持すべく進化を遂げ、大きな戦争を行う必要は今のところない(と思われる。)
例えば数々の発見や発明、
人類の偉大な発明、「言葉」や「お金」、これは、社会を形成する上での基礎であり、大いなる意思を最大限に活用するプラットフォームとなっている。
市場原理は、まさに大いなる意思を具現化したものであり、平和的な方法で物の優劣をつけることができる
鉄、化石燃料、情報、インターネット、これらの発明・発見も、個を繋ぐ量と速度が向上し、より多くの人口数で大いなる意思を形成すること可能としている。
今後は言語の統一や完全機械翻訳がされるかもしれない。
ひとつ間違うと危険思想とも思えますが、大いなる意思の存在を感じると、子育ての方向性がすこしながら見えるような気がします。
というのも、子供は私のまったく予想することができない2,30年後を生きるわけで、時代を超えて通じる生きる為の力とは何だろう?と思い悩んでいる時期がありました。
就職先一つ見ても、私の親の世代と私ではまったく違っていました。もちろん、私の子供の時代には更に変わっていることと思います。
そこで、人間そのものの成り立ちに立ち戻って考えてみました。
人間の存在意義は、種の繁栄であり、無意識に進化を求めているのではという仮説に辿り着きました。
生物の進化の過程を考えてみても、種の繁栄をするために、様々な機能を生み出しています。
これらの源泉は、変わりたいという個の意思であり、結局は大いなる意思に基づく進化サイクルを生み出すのではと思うようになりました。
結局、『情熱を持って何かに取り組むこと』は時代を超えて通じる生きる力なのではという結論に至りました。
ということで、「大いなる意思」というカテゴリーでは、上記のことを念頭に置きつつ子育てについて考えていくカテゴリーとなっています。
えっ、難しく考えすぎじゃないのかっですか?
そうかもしれません。が、何か一貫した考えがないと自信を持って子供と接することができないと思い、色々と思いをめぐらせたら、こんな感じになってしまいました。
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